思えば、わたしは石ころみたいなものだ。
自分の好きには動くことができなくて、どこに置かれるかは周りの人次第。雨の中でも火の中でも、置かれた場所でじっと耐えなくちゃいけない。
宝石みたいに光ってたら大事にしてもらえたかもしれないけど、自分はただの汚い石ころだった。
どうして、石ころに生まれてしまったんだろう。
でも、いいこともあった。情報のためではあったけど、カイムさんが優しくしてくれた。お料理を作らなくても、掃除をしなくても、殴られなくても・・・・・・ただそこにいるだけで、話しかけてくれた。わたしの話を聞いてくれた。本当に嬉しくて、騙されていることなんかどうでもよくなった。
結局、その魂がフィオネを縛り、正しさという牢獄に彼女を閉じこめているのではないか。この剣があるからこそ、フィオネは常に正しさに監視され、至らぬ自分を責め続けなければならない。俺の目には、恩賜の剣が、呪いの象徴にも見えてしまう。
そして、その不安定さは、時にとても危険なものなんだ 周りも見えずに無謀な目標に突っ走ったり、目標の喪失自体に戸惑って甘い罠に引っかかったり 叶いもしない仇討ちに命を投じたり ゴミのように命を捨てる人間を山ほど見てきた 俺は……フィオネには、そんな風になってほしくない
あんたに何がわかるのよ?あんたは売れて売れて仕方なかった女でしょ?おまけに先代に身請けされて、店までもらって わかってんの!?あんたは牢獄で一番恵まれた女なんだよ!?気持ちはわかる?ふざけんじゃないわよ!あたしらみたいな売れない女は、どうせ年季が明ける前に死ぬんだ 嘘だとわかってたって、男の言葉にゃすがっちまうんだよ!そうじゃなきゃ……あんまり何もないじゃないか!?あたしは、知らない男に抱かれるためだけに生まれてきたの?夢の一つも見ちゃいけないの?
そうだ、これからはヴィノレタの飯を運ばせよう。もう、エリスの飯を食う必要はない。
……。
違う。違うだろ。違う。そういうことじゃないんだ。
……俺は、不味くてもいいんだ。俺は……俺が食いたいのは……
わけのわからない感情で胸がいっぱいになる。
馬鹿な女なんだ、エリスは。イカレていて、煩わしくて、手がかかって──ロクな飯も作れず、変なことばかりする──どうしようもなくク.ソったれな女なんだ。
そのくせに、どうして……俺は、こんなにも悲しい。
あの部屋こそが私の世界のすべてだった この世に太陽があることも、風があることも知らなかった 日に数回現れる人の命令に従うだけの毎日 命令に従えば褒められたし、命令以外のことをすれば殴られた だから命令に従うことだけを考え、それ以外の事なんて考えなかった
わかる?だから私は人形 誰かの命令のままに生き、それ以外のことはできないの
ショウ.館も嫌いじゃなかった 檻から無理矢理出されたせいで悪夢や幻覚も見たし、急に気持ち悪くなって日に何度も吐いたけど あそこには命令をくれる人がいた 命令に従って動くと、なんだかすごく安心した
でも、カイムが私をショウ.館から引っ張り出した 私は身請けされても何も感じなかった。ただ所有者が替わるだけだから 願ったことはただ一つ 私にとって、過ごしやすい環境を作ってくれること
辛かった 人形は自分で歩けるようにできてない。なのにカイムは、歩け歩け歩け歩け 自立しろ、自分で考えろ、お前の人生を生きろ
そんなの無理 外なんて出られないし、毎日、不安で怖くて吐きそうだった
それでも少しずつ慣れて、私はカイムの言う普通に近づいたんだと思う
でも、あの日── カイムは私を捨てた ……自由に生きろ、と言ってな 井戸の底に落とされたような気分だった 何も見えず、何も聞こえず、何も考えられず 穴という穴から、闇が入り込んでくるような、そんな気分だった 呼吸もできなくなるほど怖かった カイムにはわからないでしょう?
そして、もし可能なら……ただ今日を生きるためだけに生きるのではなく、『生まれてきた意味』なんてものを考える余裕のある生活を送らせられたら、と思う。
不条理だ、世界は 理不尽なことに溢れてる
だが、ここで終わってしまったら、本当にお前の人生はなんだったんだ 誰かのいいように動かされるために生まれてきたのか? それじゃ、あんまり寂しいだろ
考えてもみろ メルトもジークも、ティアも、ショウ.館の女たちも、お前の生い立ちなんて知らない それでも普通にやってきたじゃないか
あたしは教えて欲しいんだ、人生の意味ってのをね 殺して殺して殺し回っていれば、いつか誰かが教えてくれるんじゃないかと思ってるんだが、カイムはどう思う?
だが、ここにいるカイムが私の無能さに気付かせてくれた
昨日までの私は、確かに傀儡であった だが、今日からは違う もう誰にも、私を操らせはせぬ
ずっと、一緒にいたいです
正直に言うと、一人でいるのは寂しいです
ずっと一人で生きてきたのに、これから先は一人で生きていける気がしません
何だか……自分がどんどん変わっていくような、どんどん贅沢になっていってるような……
ちょっと申し訳なくて怖いです」
ティアの独り言のような告白は、どこか歌のようにも聞こえた。色恋に慣れていない少女の戸惑いが、光の粒となって旋律の周囲を舞っているかのような──儚く燦(きら)めく歌だ。こんなに美しいものが、絶望と諦めが沈殿した牢獄に存在している。
放っておけば、黒く澱んだ大きな手が、燦めきを蹂躙するだろう。それが恋愛感情だと明確に指摘することすら、ティアを汚してしまう気がして憚られた。
時には理想、時には理屈、時には感情…… コロコロと主張を変え、それなりの正論を吐きながら、生きていく お前は頭がいいし、発言や判断は妥当なことが多い だから、誰もお前の行動を責めないだろう
だが、それだけだ
街を見ろ 皆、死と鍔迫り合いをしながら、最後の火花を散らしている 妥当性など紙屑同然の状況だ
そんな時に、お前はどうだ?
お前には、中身がないのだよ
カイム、お前は……何のために生まれてきたんだ?
私は、お前と話をしながら、いつもこう尋ねられている気がしていた 『自分の行動はこれで正しいですか?』とな しかも、何度も何度も追認を迫る
私は何度も言いかけたよ…… お前は自由なのだ、好きにすればいいではないか
一歩間違えば命を落とす環境で育ったことには同情する だが、もうそろそろ理解した方がいい
人とは、選択と行動によって人たり得るということを
また、飯を作ってくれると……約束したじゃないか……
……一緒に暮らすんだ いや……もう、街中はやめるか…… 下層のどこかの草原にでも、家を建てよう そこで、静かに暮らすんだ
もう一度……笑ってくれ…… お前みたいな女には、都市を救うだの、人間を滅ぼすだの…… そんな、ご大層なものは似合わない
普通に、笑っていればいいんだ
わたしなんかにはもったいないくらい、すごい話です
それだけでもう……
生まれてきた、意味がありました
神の加護の力で遙か上空に浮かぶ都市、という独特の世界観が魅力的なゲームです。胸を打つ言葉が満載の名作です。ブログ管理人は信仰心に満ちていてちょっと頑固な聖女イレーヌと血の味が大好きな戦闘狂のガウが好き。
『穢翼のユースティア』(あいよくのユースティア)は、オーガストより2011年4月28日に発売された恋愛アドベンチャーゲーム。主に『FORTUNE ARTERIAL』や『夜明け前より瑠璃色な』といった明るい学園モノ(もしくはそれに準ずる作品)を手がけてきたオーガストだが、本作は退廃的な世界観をベースにシリアスかつハードなストーリーを盛り込んだ異色作にして意欲作であり、残酷な表現も多く見られる。
《ノーヴァス・アイテル》は、かつて人間が神に見捨てられ、世界が混沌の濁流に飲み込まれた時、聖女イレーヌが神に許しを請い、それを受けいれた神によって空に浮かせられた都市である。以後数百年、代々引き継がれた聖女イレーヌの力によって、この浮遊都市は守られてきた。《ノーヴァス・アイテル》には貴族が住む上層と、民衆が住む下層の2つの区域があった。
10数年前、《終わりの夕焼け(トラジェディア)》と呼ばれる光が天蓋を覆い、《ノーヴァス・アイテル》の下層の一部が地盤沈下した。後に《大崩落(グラン・フォルテ)》と呼ばれるこの悲劇では多くの人々が死に、生き残った人々の生活も激変させた。地盤沈下した区域は後に「牢獄」と呼ばれるようになる。牢獄の周囲は断崖絶壁となり、他の層とは容易に行き来ができなくなった。
コメント