太宰治 名言格言セリフ

日本の小説家

 

恋愛とはなにか。私は言う。それは非常に恥ずかしいものである。

 

僕は自分がなぜ生きていなければならないのか、それが全然わからないのです。

 

人間三百六十五日、何の心配も無い日が、一日、いや半日あったら、それは仕合せな人間です。

 

人間は不幸のどん底につき落とされ、ころげ廻りながらも、いつかしら一縷の希望の糸を手さぐりで捜し当てているものだ。

 

弱虫は、幸福をさえおそれるものです。綿で怪我するんです。幸福に傷つけられる事もあるんです。

 

私は、ひとの恋愛談を聞く事は、あまり好きでない。恋愛談には、かならず、どこかに言い繕いがあるからです。

 

死と隣合せに生活している人には、生死の問題よりも、一輪の花の微笑が身に沁みる。

 

人間、失格。もはや、自分は、完全に、人間でなくなりました。

 

学問なんて、覚えると同時に忘れてしまってもいいものなんだ。けれども、全部忘れてしまっても、その勉強の訓練の底に一つかみの砂金が残っているものだ。これだ。これが貴いのだ。勉強しなければいかん。

 

人間の生活の苦しみは、愛の表現の困難に尽きるといってよいと思う。この表現のつたなさが、人間の不幸の源泉なのではあるまいか。

 

これからどんどん生長しても、少年たちよ、容貌には必ず無関心に、煙草を吸わず、お酒もおまつり以外には飲まず、そうして、内気でちょっとおしゃれな娘さんに気永に惚れなさい。

 

男って、正直ね。何もかも、まる見えなのに、それでも、何かと女をだました気で居るらしいのね。犬は、爪を隠せないのね。

 

今の女性は個性がない、深みがない、批判はあっても答えがない、独創性に乏しく模倣ばかり。さらに無責任で自重を知らず、お上品ぶっていながら気品がない。

 

大人とは、裏切られた青年の姿である。

 

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わが身にうしろ暗いところが一つも無くて生きていく事は、不可能だと思いました。

 

鉄は赤く熱しているうちに打つべきである。花は満開のうちに眺むべきである。私は晩年の芸術というものを否定している。

 

人間は嘘をつく時には、必ず、まじめな顔をしているものである。

 

自分には幸福も不幸もありません。ただ、一切は過ぎて行きます。自分が今まで阿鼻叫喚で生きて来た所謂『人間』の世界に於いて、たった一つ、真理らしく思はれたのは、それだけでした。ただ、一さいは過ぎて行きます。

 

ブログ管理人のコメント
一部では「ネガティブ人間の心の書」などといわれる太宰治の作品。この世には楽しさだけでなく、悲しさも数多くあるのだと気づかせてくれる名言ばかりです。ブログ管理人は人間失格が好き。

 

太宰治 名言格言セリフ太宰 治(だざい おさむ、1909年(明治42年)6月19日 – 1948年(昭和23年)6月13日)は、日本の小説家である。本名、津島 修治(つしま しゅうじ)。1936年(昭和11年)に最初の作品集『晩年』を刊行し、1948年(昭和23年)に山崎富栄と共に玉川上水で入水自.殺を完遂させた。主な作品に『走れメロス』『津軽』『お伽草紙』『斜陽』『人間失格』。

「無頼派」または「新戯作派」の一人に数えられる太宰は、4回の自.殺未遂や自身の生活態度ととも相まって、退廃的な作風にのみ焦点があてられがちだが、『お伽草紙』『新釈諸国噺』「畜犬談」「親友交歓」「黄村先生言行録」などユーモアの溢れる作品を多数残している。長編・短編ともに優れていたが、特に「満願」等のようにわずか原稿用紙数枚で見事に書き上げる小説家としても高く評価されている。

遺族らが公開した太宰の9枚からなる遺書では、美知子宛に「誰よりも愛してゐました」とし、続けて「小説を書くのがいやになつたから死ぬのです」と自.殺の動機を説明。遺書はワラ半紙に毛筆で清書され、署名もあり、これまでの遺書は下書き原稿であったことが判った。

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