武田信玄 名言格言言葉

戦国時代の武将 甲斐の守護大名・戦国大名

 

一、分別あるものを悪人と見ること。
一、遠慮あるものを臆病と見ること。
一、軽躁なるものを勇剛と見ること。

 

疾きこと風の如く、徐かなること林の如く、
侵略すること火の如く、動かざること山の如し。

 

晴信の弓矢は欲のためではなく、民百姓を安楽にするためだと民に知らせれば、わしが軍を進めるのを待ち望むようになる。

 

我、人を使うにあらず。その業を使うにあり。

 

戦に勝つということは、五分を上とし、七分を中とし、十分を下とする

 

百人のうち九十九人に誉めらるるは、善き者にあらず。

 

人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり

 

自分のしたいことより、嫌なことを先にせよ。
この心構えさえあれば、道の途中で挫折したり、身を滅ぼしたりするようなことはないはずだ。

 

一日ひとつずつの教訓を聞いていったとしても、ひと月で三十か条になるのだ。これを一年にすれば、三百六十か条ものことを知ることになるのではないか。

 

信頼してこそ 人は尽くしてくれるものだ。

 

為せば成る、為さねば成らぬ
成る業を成らぬと捨つる人のはかなさ

 

戦は40前は勝つように40すぎたら負けないようにするべきだ

 

人間にとって学問は、木の枝に繁る葉と同じだ

 

三度ものをいって三度言葉の変わる人間は、嘘をつく人間である。

 

スポンサーリンク

 

もう一押しこそ慎重になれ。

 

大将たる者は、家臣に慈悲の心をもって接することが、最も重要である。

 

渋柿は渋柿として使え。継木をして甘くすることなど小細工である。

 

強いところはよく強くし、弱いところはより弱くするのがよい。それは強いはもろいの裏返しで、弱いは柔軟の裏返しであるからだ。

 

ブログ管理人のコメント
猛将として名高く、日本史上の傑物達の中でも特に人気の高い信玄。人間を見る目に優れていたことがうかがえる名言がいっぱいで、現代でも部下のマネジメントに充分使える方法論があります。

 

武田信玄 名言格言言葉武田 信玄(たけだ しんげん) / 武田 晴信(たけだ はるのぶ)は、戦国時代の武将、甲斐の守護大名・戦国大名。甲斐源氏の嫡流にあたる甲斐武田家第19代当主。諱は晴信、通称は太郎(たろう)。「信玄」とは(出家後の)法名で、正式には徳栄軒信玄。大正期に従三位を贈られる。

甲斐の守護を務めた甲斐源氏武田家第18代・武田信虎の嫡男。先代・信虎期に武田氏は戦国大名化し国内統一を達成し、信玄も体制を継承して隣国・信濃に侵攻する。その過程で越後国の上杉謙信(長尾景虎)と五次にわたると言われる川中島の戦いで抗争しつつ信濃をほぼ領国化し、甲斐本国に加え信濃、駿河、西上野、遠江、三河と美濃の一部を領し、次代の勝頼期にかけて領国を拡大したものの、西上作戦の途上に三河で病を発し、信濃で病没した。

江戸時代から近現代にかけて『甲陽軍鑑』(以下『軍鑑』)に描かれる伝説的な人物像が世間に広く浸透し、「風林火山」の軍旗を用い、甲斐の虎または、龍朱印を用いたことから甲斐の龍とも呼ばれる。『甲陽軍鑑』において信玄は名君・名将として描かれ、中国三国時代蜀の諸葛孔明の人物像に仮託されており(品九)、甲陽軍鑑においてはいずれも後代の仮託と考えられているが軍学や人生訓に関する数々の名言が記されている。

はてなブックマーク - 我、人を使うにあらず。その業を使うにあり。武田信玄の名言
Bookmark this on Google Bookmarks
LINEで送る
Pocket